星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポーターをしている僕の徒然

猫のいない寂寥感

猫、仔猫。

猫を見かけない日があると、忽ち僕は窒息する。

首でもくくらなければならない、そのくらいの淋しさに襲われる。

ビョーキなのかもしれないし、ビョーキというのは如何にも大袈裟なのかもしれない。ビョーキというのは、特に心因性のそれはその程度のささやかな類いのものなのかなぁ。だから「ぽいっ」というのが普通なんだと思う。

 

猫も仔猫も巷に溢れてたくさんいる。そうなのに逢えない日があるから、奇妙だと思う。

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考え込んでいるような素振りの猫を見ると、いったい何を考えているのだろう、そう思う。猫にそんな風に魂を奪われる。哲学の小径を歩く猫もいるんだと思う。思想家みたいな猫、いるね。本を決して読まないし、書きもしない猫。ただなんとなくひょっこり現れて、顔を洗う猫。ペディキュアを綺麗に塗っている綺麗なお姉さんに抱かれる猫。そういう光景をみて僕は幸せだな、と感じる。

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豚のように、とか、犬のように、と悪い意味合いで言う場合があるけれど、《猫のように》と言ってみても悪い意味合いにはならない。猫も仔猫もそのくらいに身近な存在で、意外と人々はそのことに無頓着だったりする。

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iCloudから雨が降るくらいに猫や仔猫の写真を保存していると、お茶を飲む時間も忘れる。

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中二病の人は猫や仔猫の後を辿れば、大抵は巧く。と、無責任なことを書く。