星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポーターをしている僕の徒然

イタリアへ行きます

日本ではまだまだ暑い日々が続いています。

昨日は東京でも異例の蒸し暑さで、御多分に洩れず僕も大量の汗をかいて仕事をしていました。バケツをひっくり返したような汗をかき、シャツもパンツもグッショリびしょびしょ。こんな恰好では帰れないなぁ、と思いつつ、上司と仕事の打合せをしているうちに、どうにかシャツもパンツも乾いて、やっと帰りました。

 

ご存知の方もいらっしゃるのだけれど、実は僕は統合失調症という病いを得て、発病してからのキャリアもかなりのものとなっています。なかなか就職が難しく、社会からの偏見が強くて、まさか、そう感じることの多い歳月が流れました。一度だけ、大きな病院に入院もしました。なんのために入院したのか今でもよく分からず、ただただ時間の無駄だったように記憶しています。当時のDr.は「疲れているようだから」云々と言いましたが、ちっとも疲れてはいないのがその頃の僕のほんとうの気持ちでした。

 

フランツ・カフカは「馬鹿は疲れを知らない」と記述しています。そういう類いの、僕は馬鹿だったのかもしれません。

 

入院したら就職がとても厳しくなってしまい、辛酸をたっぷり味わいました。男女雇用機会均等法の僕は二期生なんだけれど、一期生のゼミの女性先輩は「氷河期なのよ、氷河期」とぼやいていました。入社するなりいきなりドイツに飛ばされる先輩もいました。日本よりドイツのほうが暮らしやすい社会だったのかもしれません。ともあれ僕の職探しは絶望に近づき、そうこうするうち疲弊して、憔悴していきました。

 

日本の世の中はオカシイ、そう気づいた頃、「日本は福祉国家である」と法学部で学んだ紋切型に一抹の疑念を抱き、では福祉の領域は具体的にはどのようになっているんだろう、そう関心をもちました。それが今現在、僕が福祉職に就いている原型です。法律事務所にも絶望し、興味は福祉の世界へと向かいました。

 

いろんな障害があるもので、僕自身、戸惑いました。加えて障害者の雇用は、健常者の雇用形態とは甚だしく異なるのでした。そのことにも幻滅しました。ザックリ見渡して、障害者雇用の御粗末なのにはウンザリしました。ガサツな形での雇用です。もし同じこの条件で健常者が就職しようと考えたとしたら、疾風怒濤、怒り狂うと思います。

 

さて、イタリアではこの傾向ではないのです。日本のように遅れてはいません。まず法典がガッチリとして安定しています。イタリアは精神医療の先進国です。病棟に無数のベッドが広がる精神病院、日本では当たり前のこの風景が、イタリアでは異常と目され、イタリアにはこんな風景がありません。そこにはかつてのイタリアの不断の努力があったのです。そのイタリアに学ぼうと思い、この秋、11月の1ヶ月間、ボローニャへ行って参ります。百聞は一見に如かず。形にならないものをデザインするように、そう上司に後押しされながら。f:id:atorie-hama3o2o3s1965447:20170810222002j:image