星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポーターをしている僕の徒然

仕事にうつつを抜かす我ら日本人の哀れ

ガッツリ今日も仕事をした。

気温と湿度が高くなるにつれ仕事量を高める我ら日本人とはいったい何だろう?

自虐的だ、そう難じる向きがあるのは百も承知で、しかし自虐的なことだとしても、自虐を可能にする「風土」があるのは事実だと思う。こんな風に書く僕自身、矛盾に富んで実は狂おしい。世界のなかでの日本の位置づけみたいなのをマス・メディアは好んでランキングするけれど、ランキング好きのマス・メディアというのも滑稽なのかもしれない。

 

新盆を通過し、旧盆を迎える昨今、台風の到来で麻痺する交通機関を尻目に溌剌とした満面の笑顔で「おはようございます!」と挨拶する我ら日本人、考えてみれば奇っ怪ではないか。こうも「奇妙なまでに明るく元気そうな仮面」をかぶって経済活動生一本を主体として生きている我ら日本人、まだまだ満足してはいないし満足は程遠く、永遠に満足する筈もないのだが、通勤電車に乗ってもスマートフォンに首ったけで情報の収集に余念がない。特に東京のそのひどさは筆舌に尽くし難い。行きも帰りも満員電車。

 

街を仕事のために移動するに際して、「オシャレ」と目されがちな安っぽい広告が高層ビルに負けじと立ち並ぶ。どこの国の広告なのか判然としない、その無国籍ぶりが「オシャレ」とされるナンセンス。何なんだろう、そう僕は訝しく思う。歩道を仔猫が走るのを横目に見て、あのニャン子も哲学の小径を駆け巡っているんだろうなぁとほくそ笑む。こんな混沌が東京での暮らしを煩雑にし、カオスが地方の人々を惹きつける不思議。これで正気でいろと要求するのは大いなる狂気だと思う。気が狂いそうになるのがまともな人間の人情だろう。

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都市伝説という言葉もそろそろ使い古され苔が生えてきた。このような人工の苔しか都会にはない。倒錯した感覚が持てはやされ、怒号となった罵倒が音楽となる。

 

明朝も御多分に洩れず僕は言うだろう、「おはようございます!」。