星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

お子様ランチ

あの、子どもだった頃、一番大好きな食べものといえば、カレーライスではなくて、ちょっとしたレストランで供される、お子様ランチでした。レストラン、とは云っても、高級なところではなく、かつての秋葉原デパートにあったようなレストランです。

 

亡父がなにしろ電気関係に滅法つよいタチで、特にオーディオなどの部門では、自分ひとりで巨大なスピーカーを作ってしまう程でしたから、それはそれは毎週、秋葉原へ連れて行かれたものです。亡父がどうしてあんなにオーディオへのめり込んだのかはさておいて、大学が彼は理系だったため、その名残りだったのでしょう、莫大な金額をオーディオに注ぎ込む。また、オーディオ関係の雑誌も無数に買い込み、音楽好きもあの域までいくと異常だな、と、いま僕は回想します。

 

まだ当時はレコードの時代でした。子どもだった僕が好んで聴いたのは、村祭り?とかいう題名の賑やかな音楽でした。童謡しか聴かない子どもでした。

 

亡父が聴く音楽は、まずjazzで、次にクラシック音楽でした。子どもだった僕にはjazzが喧しく聴こえました。もうそれは騒音でしかない、聴けば聴くほどイライラするような音楽でした。近所の迷惑も考えず、jazzを大音量で聴く亡父が、僕には理解できませんでした。ワケの分からない機械がひしめき、中にはレーダー探知機のような不思議な機械もあり、亡父がオーディオに費やしたカネは異様でした。

 

時を経て、今やハイレゾ音源の時代です。ソニースマホやらパソコンやらスマートTVやら、僕は総じてSONYで統一しているのですが、亡父にハイレゾを一度でいいから聴かせてあげたかったと思います。

 

ベートーヴェンの『運命』が、お前には分かるか?」

 

或る晩に、亡父は子どもにすぎない僕に訊きました。童謡しか聴かないほんの子どもの僕に。

 

「分かるよ、パパ」

 

そう僕は応えました。

 

すると亡父は「お前なんかにベートーヴェンが分かる筈ないだろう!」と叱責しました。若くして亡くなった父の孤独感が、今の僕にはよく分かります。秋葉原デパートで毎週末、子どもにお子様ランチを食べさせる父の孤独感と歓びが。