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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

専門家が完璧だとは限らない

エッセイ 徒然のこと

世の中には、付き合いやすい人がいれば、なにか気難しい付き合いづらい人もいる。気さくな人柄の人がいる一方で、奇妙なまでに自己に凝り固まる人がいる。こざっぱりとした服装なら大抵は好まれるだろうが、それが極端に上品なら嫉妬や嫌悪を招きかねず、もしだらしなければ当然のことのように不信感を与えてしまう。

 

モラルも、厳格に偏りすぎれば「あいつは、坊主か?」と疎んじられる。そこには意気地無しかどうなのか、との問いかけが介在していて、なにもインモラルを奨励している訳ではないが、やっぱり人間味がある人物なのかどうなのかが試されている場合が多い。だからふとした失敗も時には歓迎されるし、時には小馬鹿にされもするが、厳格に偏るモラリストこそが嫌悪されるというのが世間に於ける人情なのかもしれない。完全な人間などいない、という以上に、なにがいったい完全なのか、その基準など千差万別でありはしない。

 

上品さも、畏まりすぎれば俄に退屈の対象となる。帝国ホテルで毎日メシを喰えば、却って不健康になりかねない。世の中には《ちょっとした金持ち》という厄介な人がいて、その実、育ちが大したこともないのに、大したことあるかのような立ち居振舞いをしたりしている。胡散臭いそんな人は、いずれ育ちの良くないことを自ら白状するだろう。シャネルを身につけ悦に入ることの虚栄は、ガブリエル・シャネルが孤児としていかに苦労しながら育ったかなどに無頓着だから、これはバカにされても仕方ないんじゃないかな。

 

人には、人間味と人間性がある。人間味と人間性とが矛盾している場合が多い。だからこそ人は総じて面白いんだと思う。いかなる人にも何らかの天分があり、才能があるんだと思う。《不倫は、文化だ》と言えば、ついつい納得するのが人間味であり人間性でもある。一概に真実はこれだ、と示すのはムズカシイし、真実だけを以て人間を規定することなどそもそも野暮の骨頂になりはしないだろうか。