星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

仲の良いともだち

足跡を追う人もいれば、先鞭をつける人もいて、項垂れて歩けばついつい電信柱にカラダごと当たってしまう、そんな危うささえ潜んでいるこの刺激的な東京が僕は好きだ。ここには全てが揃っている。微笑みも、歓びも、哀しみも、そして虚しさも。虚脱感を禁じ得ない或る種の感受性、それは自らを特権だと勘違いした錆のある感性なのだが、そのことにつきとやかく申し上げるつもりはない。時間がないし。そんなたわいのない誤解も含めて、東京にはなんでも揃っている。或る人々は、果敢にデモ行進して心の悲痛を訴える。生活保護を巡るデモ行進であったり、貿易にまつわるデモ行進であったりする。生活保護の正当性は論を俟たない。憲法が認めた正当な社会保障だから。だが憲法が知られていないのが実のところで、役所にも生活困窮者に冷たい人がいるという。この異常には苛々する人たちも多いのではないか。加えて生活保護受給者の子供が学校でイジメに遭うという。そのことで自殺を考える児童もいる。陰惨なこういうことを慮らず、派手に遊んでばかりいる上辺だけ明るい者もいる。それでいいのか?

 

足許を見ていると、いろんなことが分かることがある。或る靴はすっかりすり減って底には穴が開いている。だから雨が少しでも降れば忽ち靴下がびしょ濡れになる。靴下にも穴が開いている。別にこれは貧困ではないが、松尾芭蕉なら気の利いた俳句を詠むことだろう。生活保護につき、芭蕉はどんな句を詠むだろう。そういう想像、これが蔑ろにされることが頻繁だ。勿論、もっと自由で佳い。等しく私たちは《自由の刑に処せられている》のだから。そして自由でいることはほんとうはムズカシイ。世界が絹のように滑らかなのと同じくらいの奇跡、自由とはそういうものだと思う。国境に塀を拵えて国と国との関係性を一段と難解にする案も浮上し、しかもこれがどこかでは世論により支持されているのだから、驚く。

 

世は絢爛を誇りたがる。その翳で、一日あたり食費260円を強いられる生活保護受給者もいる。つまり、これが東京だった。昔も、今も。僕はそういう人たちをともだちにしているのだと、感慨深い。