星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポーターをしている僕の徒然

因果関係と人間関係

因果関係 を人間関係に持ち込む、という狡猾な狂った病を、どうしたらいいのだろう?

投影性同一視の心理メカニズムで破綻する人間関係も多い。既に私たちにとって古めかしくなった因果関係を、少なくとも或る人たちにとって過去のものとなった因果関係を、まだ御神輿のように後生大事に担ぐことの憐れを目前にして、私たちは救済することさえできない。前へ進もうとすると、たいてい過去の愚考の堆積に阻まれる。存在しているのかどうなのか、果たして怪しい恰も幽霊のような・・・

 

詩人コクトーの言をまたず、僕は天才を畏れた。

 

果敢に辛抱強く天才にしがみ続ける、そういう人も稀にいて、結局、ドストエフスキーに対する投影性同一視に陥る場合もあるようだ。インテリ、と呼ばれている人々にその例が多い。ふとしたこと、例えばモードへの異様な無関心から、そうなったりするのかもしれない。僕はその例に身近に接したことがある。残念なことに、僕はどうすることもできなかった。僕には守秘義務があるから、如何せんその詳細には触れない。ただひとつだけ言えるのは、ドストエフスキーは読者を無一文にしてしまうだけの不可解なパワーがある、ということだね。

 

 そこで、因果律を持ち出して世間を糾弾する傾向が生じ、その類い の人たちには秩序の維持が難しい。

 

そもそも根は同じ人間なのに、どうしてこうも離れ離れになるのだろう。諍いが起こり、戦争が 勃発する。不思議。