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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

母とフリーマーケットへ

都内の下町のフリーマーケットへ朝一番で行きました。母と一緒です。

写真の奥に佇むのが東京スカイツリーです。

学生の頃、統合失調症になった僕は、何かと母に心配や迷惑をかけてしまったから、母親孝行のつもりで、なるべく一緒にいる時間を共有したいと思っています。でも実際には仕事で忙しく、まったりする贅沢な時間も共有できません。父親はもうとっくの昔に亡くなっていて、父が生きていた頃はまだ僕も健康でした。

障害者年金も全く給付されない僕は、とにかく馬車馬のように働くことでしか生計を立てられません。働き過ぎていることは自分でも気づいていて、上司からも働き過ぎを指摘されています。でもどうすることも出来ないといいますか、こういう今のライフスタイルしか思い浮かびません。働き過ぎ・・・分かっています。

 

いずれ僕も婚姻契約を交わすのでしょうが、今の時点でもう絶望しがちな雰囲気で、あくせく仕事をする僕に、優しい妻もやがて愛想を尽かすんじゃないかな、などと考え込んでしまいます。加えてたくさんの本を読んで勉強しなければならず、端的に言ってしまえば狂ったかのように大量の書物を読むのです。さりとて読書狂というのでもなく、整然とした室内でたくさんの本を読まなければならない、というだけなんですが、当然のことながら睡眠時間は短めですね。

 

シュルレアリストアンドレ・ブルトンが『狂気の愛』という小説を書いています。なんとなくイヤな題名です。しかも分厚い小説なので、この本を読んだことのある人は少ないんだと思います。ブルトンの小説ではやっぱり『ナジャ』が一番に面白い。まぁシュルレアリズムはやがて一連の映画フィルムでしかない存在になるのだけれど。

 

働いて、大量の読書をして、その最果てにいったい何があるのか、分かりません。そもそもどうして大量の本を読むのか、僕自身、全く分かりません。そのような環境、と言いますか、そのような振る舞いを期待されてしまう鍛えられ方をされていたから、としか言い様がありません。ただそれでも《読書力》ですとか《速読のススメ》みたいな考え方にはあまり関心がありません。斉藤孝さんがとかく標榜しがちなあの《読書力》、僕には興味があんまりないなぁ。

 

ともあれ今日は母と買い物したり美味しい食事できたりして、佳かった。寺山修司さんの『書を捨てよ、街へ出よう』を一頻り実践しました。それだけで心が豊かになる気がします。たまにこんな日があったほうが、佳いですよね。