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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

読書について

 紙の本から縁遠くなって久しい。

大抵はKindle電子書籍を読むのが習慣になっている。たとえ専門書でも、Kindleで買えるものは電子書籍で読む。紙の本から電子書籍へ移行する途中で、僕自身、かなりの戸惑いがあった。たまたま大学が神田にあったから、神保町へは毎日毎日、行った。当時、部屋は紙の本でギッシリ満杯だった。窓を除くあらゆる壁に本棚があって、それでも収まらずキッチンにも本が進出していた。

 

 そんないきさつなので、電子書籍を買う便利さの真っ只中についつい悩んでしまった。その間、本屋さんが矢継ぎ早に倒産していく。出版社さんも印刷屋さんも、あっという間に経営が苦しくなり、バタバタ倒産していく。神保町の景色も変わっていく。つい先日まで僕たちが闊歩していたような気がする神保町、実際には何年もの歳月が経っているワケだが、僕にとっては残念な変遷をした神保町。世界一の本屋街が、中途半端なオフィス街へと転じていく。その儚さの虚しさを、痛感すれば、なんだかカラダが空っぽのような気になった。

 

 病を得て、満足に働けなくなった頃、姪たちにはいつも文学書を手渡していた。フランス文学の本が多かった。その影響なのかどうなのか、姪たちはミッション系の難関大学の文学部で学んでいる。上智大学青山学院大学の文学部。続く病にピリオドを打つため、僕は勤労の義務を果たすようになった。幸い、僕は病気に理解のあるとても聡明な人たちに恵まれた。運が良かった。

 

 日々の暮らしのなかで、文学書の鑑賞くらい大切なことはないような気がする。働いて、時間をみつけては読書をする。時間は「ある」ものではなく「見出す」ものなのかもしれない。積極的に読書の時間をつくることでしか時間を「見出す」ことはできない、そう思う。ひとは怠けようと思いたてばいくらでも怠けられる。怠けて堕落するひとには何かしら共通した特長がある。詭弁を弄するために、詭弁の屁理屈しか考えない、そんな傾向が顕著にあるのが、怠け者なのだろう。斜に構えて世間をぼんやり眺めている、そして「時間がない」と言う。時間を失い、空間を失い、孤独のみを得る。

 

 ひとにとっての最高の癒やしは、だれか他人を癒やすことなんじゃないかな。読書が読書のためだけにあるならば、それはほんとうの意味合いでの読書ではなくなってしまう。ひとは見た目だけではわからない。哲学者ショーペンハウエルが豪勢な食事をしながら『読書について』や『自殺について』を書き綴ったが、その姿勢や態度は正しいのだといつの頃からか僕は理解した。