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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

《詩人は、仕事中》と寝室のドアノブに架ける

精神障害 徒然のこと エッセイ Photo
先日、「一日二十四時間、仕事するようなことはしないでほしい」と会社から通達があった。ヒューマン・ビジネスを生業としている僕の会社は、取り分け精神の病いに特化したNPO法人で、それだけにとかく神経を遣う仕事がいつも山積している。障害をもつ人も、障害をもたない人も、共に職員として働いている。どちらが上ということもなく、どちらが下ということもない。その意味では社会学ヒエラルキーでは計り知れない豊かさが醍醐味となっていて、さりとて互いが切磋琢磨するでもなく、福沢諭吉の弁を俟たずして互いが補完し合うことで組織が絶妙に成立している。基調となるのは何よりも「自由」で、自由についての考え方はサルトルのものとは幾分か趣きが異なるものの、かのサルトルの考え方をも包み込んでいるような、そういう分別のある「自由」だと思う。おおらかな自由を標榜する僕の会社が上述の通達を出した。勿論、様々な法規制を念頭に置いているだけのものではないことは、理解していただけると思う。

眠剤を僕は敢えて服用しないよう心掛けている。依存性の強い側面のある眠剤は、精神科のDr.が主に処方するのだが、もしかしたらDr.の匙加減よりも製薬メーカーの机上の数字が介在する心配が高いからだ。もしその心配が当たっているとしたら、結託であり欺瞞であり経済の信頼を不当に踏みにじる悪魔の契約になりかねず、金銭崇拝の悪しき一例として精神障害者の犠牲の上に成り立つ医療となるのではないだろうか。その心配、その堕落、遠慮なく言えば無分別なその裏切り、それら陳腐な理不尽を断ち切るには眠剤の服用を諦めるしか手立てはない。

眠っている間にも人はしばしば夢を見る。想像力のない夢想家の特徴の最たる点は、押し並べて「時間と空間とを全く理解しない」ところであり、上の空で虚しい人生を送る彼らにとって時間も空間も苦々しいものでしかないだろう。そんなことはさておき、夢見ることが詩人の真骨頂だとしたら、茶目っ気のある芸術家として寝室のドアノブに《詩人は、仕事中》と札を架けるのを一興とするんじゃないか。実際、シュルレアリスムの詩人のひとりはそうしていたという。眠っている間にも仕事をし、眠っている間だけに仕事が捗る。そういうユーモア、実現可能な笑い、破天荒な冗談。「誰からも愛される子供に…」と詩人ヘッセは願いを込めたが、取りも直さずこの類いのユーモアこそがまさにそれではなかったか。その笑いに意味がないとしても、価値はある。空間を漂うeau de Cologneのあの甘い薫りのように。
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