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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

智恵子抄を想う

エッセイ 徒然のこと 精神障害 Photo

精神障害を巡り、様々 な困難のなかでの極貧を味わわなければならない女性がいる。彼女たちは高校へも満足には通えず、大学など高嶺の花だ。かりそめに結婚しても、乱暴な夫からの虐待にあい、夫は給料を酒や煙草、何よりもギャンブルで使い果たしてしまう。妻はあいにく精神障害で、それはDVに起因する。薄幸の女は、やがてすっかり疲れ果て、福祉施設に入らなければ生活など成り立つ筈もない。
鬱病です」。精神科医が、ひっそりと、言う



部屋の中は、散らかり放題の汚部屋となっている。まだ若いその女は、だが実年齢よりも老いて見える。二人の娘のピンク色のシャツが痛々しい。シャツの袖はテカテカに光っている。「お母さん、美味しいね」と娘たちは口々に言う。小学生のその子供たちは、学校には通わない。学校は彼女たちにしてみれば、地獄でしかない。苛められるためだけに行くような学校に、どこの誰が通うというのだ。苛められるためだけなのに、どこの誰が通えと指導するのか。子供たちはパン屋で買ったパンの耳に齧りつき「お母さん、美味しいね」と言い、あどけなく微笑んでいる。「食べて、お母さんも」と言う。




夫が他に女をつくってから、もう五年が経つ。その間、子供たちは父親の顔を一度だに見ていない。貧困が、更なる貧困をつくり続け、「変な臭いがする」との理で子供たちは図書館からも追放され久しい。漢字が読めず、簡単な計算ならかろうじてできるが代数には至らず、幾何になれば到底、歯が立たない。平行四辺形の面積の求め方も、台形の面積の求め方も解らず仕舞いだった。同い年の子供より遥かに痩せ細り、児童相談所も打つ手がない。母親は何度も身体を売ろうとしたのだが、子供たちのことを考えるとそれも出来なかった。そもそも売るには身体が極端に痩せており、風俗のショップからも門前払いの有り様だった。酒に溺れてしまいたかったが、アルコールを買えるカネなどどこにもない。



或る流行りの小説に「身体を自由に売ることが出来る権利」と記載されているのを、女は奇妙だとしか感じなかった。書いた小説家は案の定、男性だった。その一節を読んで、却って女は幻滅した。権利を剥奪された身であれば、男性の作家を呪うしかない。わたしは、病気だ。女はむしゃくしゃしてロングヘアの頭を掻いた。虱がたくさん落ちて、床を虫が這いつくばる。戦後が終わったわけじゃなかった。




娘たちはそれぞれ、それなりの初潮を迎え、生理用品の購入が大変だった。既に黒ずんだ使用済みのものを再利用するのだったが、おりものでかぶれてしまい、そのままでは病気になる心配があった。幸い、二人の娘たちの貞操は申し分がなかった。たやすく援助交際など決してしない。その子供たちは母にしてみれば自慢だった。せめてもの意地とプライドがあった。「あなた、鬱なんだからね、ここへ来てくれなくっちゃ困るよ!」医者は繰り返した。だれもがカネをむしり取るのか、女はいつも歯を食い縛るものだから、歯という歯が、もうボロボロになっていた。

《いつか、王子様が》この曲だけが音楽の中では好みだった。冷静になるとこの音楽の稚拙が目立って感じられたが、それでも信じたかった。信じることが出来なくなったとき、たぶんわたしは死ぬんだわ。今はまだ信じられる。信じられる。いつか、王子様が。