星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

統合失調症が癒えるまで

f:id:atorie-hama3o2o3s1965447:20150511054804j:imageいつも不安でどうしたらいいのかお先真っ暗だった。

自殺のことしか念頭に浮かばなかった。

幻視と幻聴の絶え間ない時間が時計を刻んだ。

眩暈は常時あり、空間がその眩暈で充たされていた。

そしてありとあらゆる文学作品の散文がいつもいつも脳裡で鳴り響き、散文が脳髄に滲み溢れていた。

それが私の憐れな過去で、治る見込みがないと独り合点していたのだった。徹頭徹尾、文学に関連するのが、私の症状の特長だった。精神科のDr.はそんな私の傾向を「才能」と位置づけて、その診断のせいか、益々私は混乱するばかりだった。症状がまだ芳しくなかった頃の私にしてみれば、Dr.の診断は、大きなお世話でしかなく、錯乱をとにかく軽減させていただきたい、その依頼をしたかった。ところがDr.は「どんな芸術家も最初はみんなそうなんだ。阿久悠さんだってそうだった。だから…」云々、そんなことを延々と説いて聞かせるだけだった。芸術療法をずっとDr.から施され、仕方なく私は原稿を書き続けた。不安は全く消えず尋常ではないままで、幻聴と化した文学作品の散文が消えることはなかった。

そうこうしているうちに、のたのたしているうちに、友達は出世街道を突っ走り、裁判官になっている友達がそろそろ大学教授になる頃なのではないか、そう感じて不安だった。高校時代の親友はDr.レオンの芸名で、マジシャンとしてテレビを賑やかにさせていた。どうして私だけが…そう思うと辛かった。取り残されて、正に落ちこぼれの体たらく、かりそめに《踏み外し》に起因してそうなったと判断しても、作家の金井美恵子さんによれば「(小説家は)踏み外しではない」とキッパリと言い、尚ついていないことに作家の小池真理子さんは「患者は、作家になってはいけない」とこれまたキッパリ、もう私は四面楚歌の八方塞がりだった。

今更になって司法試験もないと感じていたし、実際、分厚い専門書を理解し続けていくだけの忍耐力もなければ能力もないと思えた。錯乱しがちなのに、専門書どころではない。しかも文学理論に拘泥し過ぎていたから、正義の書物を読んでみせることなど到底不可能だった。《正義とは、恩寵の戯画、カリカチュアである》というロラン・バルトの散文が常時脳裡で響き渡っていた。

恩寵に行こうにも行けず、正義へ行こうにも行けず、もうどうしていいのか分からないままに、Dr.の芸術療法で、大量の原稿を無我夢中で書き上げていた。但し、私は何を信じたら良いのか、誰を信じたら良いのか、さっぱり理解できず仕舞いだった。文学作品は渾沌として私の脳髄を蝕んでいるかのようだった。

 

傷つきやすい心と、脆弱な頭脳では、取り柄など何らある筈もなかった。季節も都内にいる限りはよく分からず、地獄の季節しかないかのようだった。地方に私は住むことを望みはしたものの、病状を考えれば現実味のない希望だった。金銭的に不自由になったから、職に就いたが、ストレスが原因で職務遂行中に突発性難聴になった。私は車イスでの暮らしを一時的にとはいえ余儀なくされた。堕落したような気持ちになり、車イスを蹴り倒すようにして、また仕事に復帰した。

感傷は、堕落だった、少なくとも私にとって。センチメンタルの狡猾さを私はたぶん知り尽くしていた。それでも時折、過去を思い出し、涙が溢れた。それは頭で考えていても、どうしようもない感情だった。《具合が悪い!》シュルレアリスムの芸術家アンドレ・ブルトンのそんな叫び声が聞こえた。やっぱり感傷は堕落だったのだ。

サルトルの戯曲『恭しき娼婦』の台詞《気狂いめ!気狂いめ!》に、私は胸を痛めた。この台詞に私は呪われていた。サルトル、彼は神経症という精神疾患だった。狂っている、本当に狂っているのは誰か、私は躊躇い、悩んだ。現代フランス文学界の作家の殆どが、実際のところ精神の病に苦しんでいる。しかも、自殺に限りなく近い死を遂げている。

 

記憶を明晰に蘇らせること。統合失調症を恢復させる重要な緩和策がこれだ。認知行動療法も効果をあげる点で重宝だが、小手先の詭弁に終始しているのではないか、個人的にはそんな感想を私は抱いている。昨年流行ったアドラー心理学も、大したことはないような気がする。ユング心理学などは、論外。記憶を精緻に蘇らせるのは、患者にとってかなり難しいかもしれないが、私にできたのだから、努力次第では可能だと思う。事実の記憶、想像の記憶、双方をほぼ完璧な形で蘇らせること。ゆるゆるとそれは進むと思う。遅々としてしか進展しないから、苛立つこともあるかもしれない。でも努力してみる価値はある。時には記憶の恢復が、一気に進むこともある。

調和がいつしか訪れる。世界は絹のようになめらかだ。不安が、希望へと変遷する。統合失調症は、やがてそのように、恢復する。人間解放の、記録と記憶。f:id:atorie-hama3o2o3s1965447:20150511054720j:image