読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

初恋

月の見えない今宵の空を縦に横に引き延ばし、朧な春のそよ風で割ってみれば、僕に確かな時間が得られるのかどうなのか、不安や心配が舞い降りてかなりな年月が経っているからもう分かりもしないのだけど、意気地なしと揶揄されるのも癪だから、隅田川のテラスに佇み、せめて青白い手を縦横無尽に振りながら、川辺を行く屋形船に挨拶する。屋形船にはメンスのせいで気分の落ち込んでいる芸者がいて、彼女は俯きながら少し茶色の染みが付いたパンティーを気にしている筈で、テラスの僕には気づきもせずに旦那衆の呼び声に応じているんだから、小金持ちの下品なその禿げ親父連中をいつも恨むのが僕の仕事らしい仕事だ。僕の仕事、そう、それだけだ。この貴重な仕事をしている僕に、文句があるかい?

二羽、五羽、鷗が川面に浮かんでいる。波に揺られているのか、自力で泳いでいるのか、テラスからだと分からない。揺られているなら、どこに辿り着くのか、いつも僕は不思議に思う。自力で泳いでいるなら、僕は自分の仕事が気になって、腰からシャツがはみ出していないかどうか、確かめないと気が済まなくなる。シャツが捩れていたりしないか、腰に手を当てる。

豪勢な食事、子供の頃の僕は、朝からステーキを頬張る家庭の長男で、不足しているモノと言えば何もなかった。いつも僕は孤独で、充ち足りていた。勉強してはJazzを聴き、Jazzに飽き飽きすると勉強した。沢山のJazzのCDと夥しい書物で四方が囲まれた僕の部屋に、学校の友達が出入りすることはなかった。友達を決して部屋には入れないこと、それが僕の拵えた僕ひとりの部屋の掟だった。グリーンの分厚いカーテンを開いて部屋を閉じた。

友達、そう呼べる知り合いが過去から現在に至るまで、僕にいたのかどうなのかは甚だ疑わしい。僕は小さいなりに僕自身でありたいと望んだから、人間禁制、そんな掟を拵えたのだった。壁には時計さえなかった。

「愛することは、罪ですか?」

時として彼女はそう問うた。

「死することは、愛することですか?」

生まれて初めて、僕は恋に墜ちた。まだあどけない幼子のようなその彼女の質問に、僕の重々しい掟が揺れていく。ゆらりと揺れる炎を僕は見出し、それが恋だと分かるまでに時間はさほど掛かりはしなかった。

f:id:atorie-hama3o2o3s1965447:20150320025744j:plain