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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

神様からの贈り物

「不安? それはステキなこと」

小説家フランソワーズ・サガンはそう書き綴る。

私に神様など俄かに見えはしない。信仰している宗教も今のところこれといってなにもありはしない。だけど、もし《文学の神》がいてくださるというのなら、その手厳しい神を信じるのかもしれない。そしてその神は「まずは、ご自分を信じなさい」と囁くのかもしれない。たとえそこに道徳に背く傾向があったとしても。

 

 

 

不安には、意味がないのかもしれない。意味のないことに、意味を見出す、そんな真意を糺すのは、実際、楽しいことだと思う。そうでもしていなければ、不安で不安でやりきれなかった、私の場合。街を歩く楽しげな人々の数に押し潰されてしまいそうだったから。たぶん私は知らなかったのだ、楽しげなそんな人々の虚ろな内面など。存在困難な稀薄な繋がりなど。

不安とは、慎重さの申し子なんだと思う。尤も、慎重さの意味を広辞苑の記述より深く広く明らかにしなければ曖昧さが抒情として残ってしまうけれど。だがその神経質はもしかしたら私の病いの症状なのかもしれない。徹頭徹尾、何もかもを明らかにしたいと願うのも、度が過ぎれば何か悪いことの兆候なのだろう。ある程度の明晰を得たならば、あとは風に任せるのが、たとえば歌人俳人の見出した賢さの境地ではなかったか。

 

明晰でもなく賢くもない私は、まず自分を信じることから始めたい。今現在の自分にもしかりそめの瑕疵があるなら、過去の自分をせめて信じたい。もし或る一時期に、時間も空間もなかったとしたら、むしろその痛ましい美しさを、信じたい。

 

不安、慎重さの申し子。朝焼けの不思議な紅色の光を見つめて、そう思う。