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星影にひそむ星々の会話~星座の文法~

精神障害者ピアサポートをしている僕の徒然

幻のバブル景気

かつて華やかになりしあのバブル景気につき、私にはあまり実感がない。いざなぎ景気に続いて発展したバブル景気だったが、どうも私にはピンとこない。

確かにあの頃の日本経済の勢いは凄かった。私の友人たちはまだ大学を出たばかりだというのに、派手に儲けて豪勢な暮らしを繰り広げていた。不動産をいとも簡単に転売し、それでメルセデスなどはあっという間に手に入った。

その頃、私は病状が芳しくなく、バブル景気にはとても参画できない状態、非常に苦しんでいた。蚊帳の外にポツンとひとりで過ごす私をよそに、友人たちは俄然ガンガン稼ぎまくっていた。私の書斎はあたかも牢獄の様相を呈しており、書物が所詮は不在であり、言語といえば厳密に現実ではないことを、蚊帳の外で頻りに証明しているかのようだった。実際、私の持つ蔵書は莫大な数だった。圧倒的な大量の書物があるので転勤など到底不可能と当時の私は身勝手に判断していた。

そんな書斎のなかに埋もれて、バブル景気をおそらく外から眺めては傍観者の立場を余儀なくされた。テレビを見ることも殆どなかった。日によっては、私は私の声を一度たりとも聞かずに過ごした。まだ二十歳をすぎて間もないその頃、リクルート事件などが世間を騒がせていた。それにしてもバブル景気は未曾有の好景気だったに違いはない。日本経済はまさに世界の頂点に達していた。蓮實重彦氏は『凡庸さについてお話させていただきます』を書きあげていた。田中康夫氏の『なんとなく、クリスタル』が爆発的にヒットしたその後のことだった。

当時の私は不安で仕方なかった。不安の塊のようだった。神経質だったのだろうか、日に二度ずつ風呂に入った。ペンを執る手が震えた。シュルレアリスムの劇作家アントナン・アルトーの肖像写真にさえおびえた。愉しみといえばサラバドール・ダリの画集を鑑賞するくらいしかなかった。しかも私のココロはもうボロボロになっていて世界との接点を見失っているていたらくだった。

そんなおぞましい経験をどうしてしなければならなかったのか、藪の中だ。働きたくても働けない。巨万の富が右往左往するゲームを、私は釈然としない気持ちで傍観するだけだった。私は生きている心地がせず自らの不在だけを感じ取っていたようだ。バブル景気の真っ只中で、私だけが黄昏れているような気がした。

それからも私は失敗ばかりを重ねた。失敗を重ねることにしか成功していない。疲労困憊して私は全くひとりぽっちだった。たまに銀座へ遊びに行くも、面白くもなんともなかった。

そうしてやがてはバブル景気も終わりつつあった。日本経済に亀裂が目立ち始めた。ケインズの理論をいくら駆使しても立ち直れない、そんな日本経済への絶望が次第に顕在化していった。不況が始まったのだ。私はニューヨークをスフィンクスに喩えたフィッツジェラルドの美しい散文を読んでいた。摩天楼のニューヨークには限界がある、その警鐘を鳴らすフィッツジェラルドの散文。それと東京が重なるのだった。

どうにか病気をやり過ごしていま私が懐かしく手にする本が一冊ある。あのバブル景気のときに売れた本の新たな再来、しかしあの未曾有の好景気が帰ってきてはいないこの昨今に、『33年後のなんとなく、クリスタル』が発表されたのには、意味があるのかもしれない。私たちはどこから来て、どこへ向かおうとしているのだろう?
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